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「ZONE 存在しなかった命」

「ZONE 存在しなかった命」

音楽が坂本弘道さんで、タルコフスキーの「ストーカー」が大好きなので、観に行った。

福島第一原発の事故で立入禁止となった地域に残された、ペットと家畜と、彼らを救おうとする人たちの記録。

写真展、本、ブログで少し知識はあったので、悲惨だろうと覚悟して行った。

それは、やっぱり悲惨だった。
それは、活動している方の言葉通り、「地獄絵図」だと思う。
そして活動している方たちには、そこは戦場でもあると思う。
地獄にも戦場にも、そこに行かなければ分からない、質感、空気、におい、音、声、触感があるのだろうな。

地獄を作ったのは、人間だ。

地獄に置き去りにせざるおえなかった、地獄に捨て置かれたペットと家畜の姿の向こうに見える、日本という国は怖い。

人間、日本人も見える。
「東電より、嫌」という言葉は強烈だった。

原発事故のあと、確かに、いろんな物が怖い。
放射能の影響も怖いけれど、秘密保護法も怖いし、大企業というものも怖いし、オリンピックも怖い。東京という街も怖い。


最後、谷山浩子さんの「同じ月を見ている」という歌で終わる。
生きている、それが奇跡と思える時まで」というところで、餓死した牛を食べて生きのびた犬の姿が浮かんだ。

以前、写真で見た、死んだ仔牛を喰らう、首輪を付けた犬の姿にショックをうけたことがある。
この犬が、自分の飼っていた犬だったら、もう二度と一緒に暮らせないと思った。

だけれど違うんだ。

餓死した牛を食べて生きのびた犬のシーンは、もう一度見たい。
犬の存在感と、松村さんの言葉と行動。

仔牛を食べる犬を拒否する気持ちが無くなった。
これはとても嬉しいこと。
だけれど、そうしたら、あの犬の辛く厳しい状況が思われて、きつくなってしまった。

餓死した仔牛。仔牛を食べる、首輪をした犬。傍らに立つ、お母さん牛。

…これは、なんなんだろう。
彼らは、野生動物として生れてきたのではない。
人間が、作った命であるともいえる。

あぁ、そうか。
彼らを「存在しなかった命」にしたのは、人間様だ。日本人様で、日本国様。


知識で得ている悲惨さと、経験してきた坂本さんの音楽の合体を想像して、頓服の確認までして映画に臨んだのだけれど、音楽は控えめで…。
演劇のシーンだったかな。暖かくて、寄り添うような(支えるような?)やさしさがあって…。

坂本さんの音楽に、暖かさを感じたことあった? やさしさを感じたことあった?と、ちょっとびっくしした。
…もともとあって、私が感じていなかったのか。

谷山浩子さんの歌の後に、坂本さんの音があった。
だけれど、会場の電気がついてしまって、ちょっと残念であった。

だけれど、月末にはNOTALIN’Sのライブがあるから許しちゃう。


…やっぱり、4年後に東京でオリンピックをせねばならないのかぁ。
今、命を助けようと頑張っている方たちの行動に、今以上の制約が加えられませんように。
Date: 2014.03.09
Category: 映画
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