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遠藤ミチロウ

2011/ 03/ 31
                 
2011年3月31日(木)
渋谷 7th Floor
遠藤ミチロウ

「オデッセイ」から始まって、
順不同で、
「Just like a boy」
原発の話しの後に、「負け犬」
「お母さん」
「カノン」
まだタイトルを知らない、「希望という人間を、泣きながら殺した」歌。
「天国の扉」

アンコールは、
「アイウエオ」
「仰げば尊し」

こんな感じ。


「天罰」という言葉が、あまりに衝撃だったせいだろうか、
「天国の扉」で、「身代わり」という言葉が思い浮かんだ。

その人は、誰に下った「天罰」だと言ったのだろう。
どういう因果があって?

毎朝毎夕、郵便受けから出すなり回収袋に入れてしまう新聞。
今朝、目に留まった、亡くなった方と行方不明の方の数が、30,000近かったことを思い出した。

天罰でも、身代わりでもない、「人生」なのだ。
まだ、新聞に数え上げられていない方もいるだろう。
本当の数字は誰にも分からない。
未知の数字は、その総ての方の「人生」なのだ。


暗い渋谷の街は、いかがわしい感じが染み出ていた。
路地から染み出して、大通りを浸していた。
歌舞伎町は、どんな感じになっているのだろう。


ミチロウさんのライブに通うようになった頃、
「天国の扉」を聴くたびに、「この世に、シェルターなんてないんだな」と感じた。
                 
        

牛ふたり オーイオイ

2011/ 03/ 30
                 
「おつきさま」の歌詞が全部分かった。

 いつまでどこまで、歩いていくのかな

 恋する二人はいつもと同じ

 川の灯りが見えてきた

 好きだと下を向いたまま

 何も言えずに上を見る

 お月さまはどこですか

 愛する心はいつも一緒

 愛する心はいつも一緒

 
「虹」と「バランバラン」の作者が分かったよ。
アミオミチアキさんと、春日博文さんという方。

で、「バランバラン」ではなくて、「パランパラン」だ。

白頭山のお客様、ノリノリ。
皆様、ご無事でありますように。


悔やんでも悔やんでも悔やみきれないんだね。
                 
        

2011/ 03/ 29
                 
お酒を飲まないと、
自分には、お酒以外の嗜好品がないことに気づく。


エアー煙草を吸ってみる。

開封して、銀紙を破いて、一本抜き取って。
口にくわえて…。

ライターを擦って…。

煙草に火がつく、ジュッっていう瞬間が好き。

深~く吸って、吐き出して。

煙みたいに、ぼんやり。


夜、小さい余震が数度。
グラグラではなく、ドドッドスッという感じ。


来年の今頃は、何をしているだろうか。
                 
        

2011/ 03/ 28
                 
春の匂い。

3年前の4月、
長島愛生園で初めて嗅いだ匂い。

翌日、宇多津でも嗅いだ。

それ以来、春、関東でも嗅ぐようになった。

今年一番の春の匂い。

「卯の花の匂う垣根に♪」の、卯の花は匂わない。
日本語を学ぶ外国の人に、この「匂う」はどう説明されるのだろうか。

長島で知った春の匂いは、はっきりくっきり匂う。

なにかの植物の、性的な匂いなのではないかと思うのだけれど。

喩えて一番近いのは、沢庵の匂い。
                 
        

島尾伸三

2011/ 03/ 27
                 
「小高へ 父 島尾敏雄への旅」
島尾伸三
(河出書房 2008年)

以前読んだときは、
息子である伸三さんが語るミホさんに、
「死の棘」と「死の棘日記」の怖さが、ちょっと変わった。

今回、マヤさんのことが気になった。
確か、声を失ったのではなかっただろうか。

どちらにしても、島尾敏雄は「影」だ。


好きなところがいくつかあった。

占領下の沖縄へ旅したときのガジュマルの樹を見た時。

島尾敏雄の遺体の描写。

島尾敏雄の骨を、きれいなものとカスとに分ける時。

日常についての言葉。

島尾敏雄という「男」「人間」「小説家」「父親」という人を語る短い言葉、

「おとうさんの字は晩年になるに従い、丸みを帯びて来て、字を書く時にまで自分を偽っているようで、私にはむしろ不気味に思えるのでした」


天明、天保の飢饉があって、
相馬藩の人口は、8万から3万くらいまで減った。
そのとき、越後から一向宗の農民を秘密裏に移民させたそう。


今度あの2冊を読み直すときは、マヤさんを追ってみよう。
                 
        

2011/ 03/ 26
                 
久しぶりに、靖国神社へ。

参拝の代わりに、今日も鯉に餌をあげる。

今日は2箱にしてみた。

寒いからだろうか、鯉の姿があまりない。
手を叩いても寄ってこない。

餌を投げても、食べるより、眠っていたい感じ。
餌を食べてる夢を見ているのかもしれない。

代わりに、鳩達が寄ってくる。
烏も二羽。

1箱は、鳩と烏の胃に入った。


木斛の献木並木のなかには、椿もある。

時を迎えた椿の花が、地面に落ちている。
                 
        

2011/ 03/ 25
                 
母と最後に行った旅が、五浦だった。

2000年のお正月明け。

六角堂から海を眺めて飽きなかった。


2002年の夏、いわきで一泊して、勿来の関越えをした。

山の中の車道を1人で歩くのが、とても怖かった。

どれくらい歩いたのだろう。

五浦の美術館にたどり着いて、一休みして、

それから六角堂へ行った。

波を眺めていて、飽きなかった。
                 
        

2011/ 03/ 24
                 
禁酒5日目。

電気使用率が93%になっている。
今夜はちょっと冷え込んでいるからかな。

パソコン閉じて、ベッドに入ろう。
                 
        

2011/ 03/ 23
                 
禁酒4日目。

突然、思い出した、酒小説。


あんまり面白い作品ではなかったと思いつつ読み返したら、やはり面白くなかった。

国木田独歩「運命論者」。

岡本綺堂か、久生十蘭なら、面白く書けた運命かも。

でも、ブランデーとグラスを秘密の場所に埋めておいて、掘り返して飲むというのはいいなぁ。

私だったら、どんな人物にそういうことさせようか。

…自分か?


風間一輝の「夜行列車」は作品としても好き。

私も、スコッチよりバーボンがいいなぁ。

あぁ、頭の中で、「JIM・BEAM」の文字が踊るよ。


昨日、缶詰と一緒に、チョコレートと飴玉も買って、防災リュックといつも使っているリュックに入れてみた。

でも、チョコレートも飴玉も好きではない。

チョコレートで私に元気がでるだろうか。

バーボンを一口、口に含んだほうが、絶対に元気が出ると思うのだけど。
                 
        

2011/ 03/ 22
                 
今日の余震がなんだかとても嫌で、不図、缶詰でも買っておこうと近所のお店に行った。

ほうれん草の並ぶダンボールに刺さる値札に、
とってつけたように、「×××産」と走り書きされていた。


なんだか、悲しい気持ち。


駅のエスカレーターとエレベーターは止まっている。
足の不自由なお年寄りが、ゆっくりゆっくり杖を突いて階段を下りてゆく。
体を斜めに。


被災して無事だった方たちが、
罪の意識を持つことがありませんように。


数字に圧倒されて、
失われた命と、行方の知れぬ命のことが、分からない。

やっぱり、「祈る」という言葉が思い浮かぶだけ。
あの数字を前にすると、圧倒されて、
「祈る」とは、目的も対象も言葉もない行為なのではないかと思われてくる。
ただ、自分の心の状況。

あの数字の中に、自分の親しい人がいたらどうだろう。
ちょっと、想像がつかない。

あの数字の中に、自分自身がいたらどうだろう。
…生きたいだろう。


禁酒3日目。
ノンアルコールビールは薄くて、バーボンや焼酎への郷愁を誘う。